遺伝子検出センサの高集積チップデバイス化と環境診断応用への展開

臨床や環境の現場での一次スクリーニング技術として、簡便・迅速な環境診断技術のプラットフォームになると期待されている新規電気化学センサ(測定対象核酸(DNA、RNA)の蛍光標識を主体とした従来法における課題を克服しつつ、測定対象核酸の標識化を必要とせずに簡便・迅速に検出可能)や、電気化学センサアレイチップ(実際の網羅的な核酸検出のため本センサをデバイス化およびマルチ化し、多数の核酸検出を同時に実現)が、遺伝子発現等を指標とした化学物質の生体影響評価を行うための環境診断技術として開発されています。本稿では、これらの技術開発を進めている筆者らの研究を紹介します。

青木 寛

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
環境管理研究部門 環境計測技術研究グループ
主任研究員

青木あおき ひろし

1.はじめに

現在、我々の身の回りではさまざまな化学物質が活用され、便利な生活に寄与しています。アメリカ化学会によれば、Chemical Abstracts Service(CAS)に登録されている化学物質だけでも実に7,100万種類を越えており、さらに毎年数千種類もの化学物質が新規に登録されているとのことです。このような化学物質を上手に利用するためには、安全性や毒性など個々の化学物質が生体に与える影響を十分に理解することが必要です。従来、化学物質の生体影響評価は動物実験によって行われてきましたが、コストや倫理上の観点から、次第に各種代替法に代わりつつあります。特に、2013年に制定された欧州化粧品規制では、動物実験によって安全性等を評価した化粧品はEU内での販売等が禁止されるため、代替法確立の動きが加速しています。

一方で、細胞の設計情報や細胞内活動の制御情報である遺伝子に関して、どの種類の遺伝子がどの程度の量読み出されたかを解析する手法が、多くの研究所で採用されています。例えば、DNAシーケンシングはこの方法の一般的な手法であり、試料溶液中の複数のDNAの塩基配列とその相対量を知ることができます。そこで、どのような化学物質を細胞に暴露した時にどの遺伝子がどの程度増減するかの遺伝子発現パターンをデータベース化しておくことで、細胞実験による化学物質評価が可能になると考えられます。

また、予め注目すべき遺伝子が分かっている場合には迅速性を高められます。例えば、DNAマイクロアレイ法では、検出対象であるターゲット核酸を配列選択的に認識して二重らせんを形成するプローブ核酸を予め基板表面に固定しておきます。蛍光分子で標識化したターゲット核酸を含む試料溶液をこの基板上に展開し、蛍光が観測されるかどうかで目的のターゲット核酸の存否を判断します。この手法は、今や核酸検出に不可欠な技術ですが、ターゲット核酸の標識化プロセスが煩雑であることや高価な試薬の使用などの課題のため、煩雑な試料処理を省いた安価でコンパクトな新規分析法の開発が望まれています。

そのため筆者は、安価でコンパクト化が容易な電気化学的手法に基づき、簡便・迅速な核酸検出技術の開発に携わってきました1,2)。本稿では、ターゲット核酸の標識化が不要な網羅的核酸検出の基盤技術、およびこれら検出技術のデバイス化と化学物質の生体影響評価への適用に関する最近の検討について紹介します。

2.簡便・迅速な電気化学的核酸検出法の開発

図1 電気化学核酸センサの原理(A)とプローブPNAの分子構造(B)

ターゲット核酸を標識化することなく電気化学的に検出するため、電極表面に固定したプローブ核酸との二重らせん形成に応じて電極表面付近の電気化学的な性質が変化する検出系を考案しました。核酸は多数の負電荷を有するため、ターゲット核酸がセンサ表面でプローブ核酸に認識されて二重らせんを形成すると、センサの表面電荷が大きく負に変化します。ここで、センサが電気化学活性陰イオンマーカー[Fe(CN)6]4‒を含む溶液中に浸漬されている場合、表面負電荷の程度により陰イオンマーカーの酸化還元反応が大きく変化すると予測されることから、これを利用して二重らせん形成の有無が検出できると考えました(図1A)。本研究では、プローブ核酸として各核酸モノマーがペプチド結合により連結したペプチド核酸(PNA)を使用しました。PNAはDNAとは異なり負電荷を有しないためPNA/DNA間の二重らせんの安定性が高い一方、配列にミスマッチを有するターゲット核酸との二重らせん構造が立体的に不安定であるという特徴を持ちます。このため、配列選択性が高まると言われています3)

金電極表面上に、末端にシステインを有するプローブPNA(図1B)の溶液を滴下して共有結合により固定化し、短鎖チオールの6-ヘキサノールとの混合単分子膜を形成させてセンサを作製しました。プローブは、がん抑制遺伝子p53遺伝子を認識する鎖長10塩基のPNAを使用しました。ターゲット核酸を含む試料溶液に浸漬させたところ、マーカー酸化還元反応が大きく抑制され、観測される電流値が大きく減少しました。詳細な検討から、検出下限が10‒6Mであることを見出した一方、一塩基変異を有するDNAの場合には、100倍以上濃い濃度でもセンサ応答を観測しませんでした4,5)

一方、PNAの代わりにDNAをプローブとしたところ、二重らせん形成前後でのマーカーの酸化還元反応はほとんど変化しませんでした4)。プローブPNAの時にターゲットが検出できたのは、単にPNA/DNAの高い安定性だけではなく、二重らせん形成前後でセンサ表面電荷が中性から負へと変化するため、電荷の変化がより強調されたためではないかと考えました。

図2 正電荷を有する電気化学核酸センサの原理

そこで、二重らせん形成前後で表面電荷が正から負に変化するように設計するため、正電荷を有する短鎖チオール8-アミノオクタンチオールを用いました(図2)。一方、マーカーには陽イオンである[Ru(NH3)6]3+を使用しました。先ほどと同じプローブPNAを用いて検討したところ、検出下限が3桁ほど大幅に改善された一方、ミスマッチを有するDNAにはほとんど応答しませんでした。これは、配列選択的な二重らせん形成前後での表面電荷の変化が中性→負から正→負へとより強調された結果、検出下限が3桁向上したことを示しています。さらに、各種測定条件を最適化したところ、より長鎖のプローブでは10‒15Mレベルでの高感度検出も可能であることを明らかにしました6)

これら一連の研究から、本原理に基づく遺伝子センサはターゲットの標識化なしに配列選択的な検出を可能とし、プローブとしてPNAを効果的に用いることで、二重らせん形成前後の表面電荷の変化に対してより敏感な検出系を構築でき、その結果、より高感度な検出が可能となることを見出しました。なお筆者は、上記で示したセンサ検出系のほか、プローブの末端に電気化学活性分子を取り付けた「自己報告型プローブ」、プローブの両端に電気化学活性分子およびそれを抑制する分子を取り付けた「シグナルオン型プローブ」など、高機能化を追究した検出系も開発しています7,8)

3.核酸検出センサのデバイス化と生体影響評価への検討

上記で得られた検出系をもとに、網羅的なセンサアレイチップの開発を目指しました9)。一般に、化学物質の生体影響評価には、数十種から数百種程度の遺伝子発現の同時観測が必要とされています10)。そのため筆者らは、光リソグラフィ技術により、384ch電極アレイチップを作製しました(図3A)。しかしながら、このように多数のマイクロ電極上にセンサ感応膜を個別に作製するには、個々のプローブ溶液を各電極表面上に高密度かつ高精度で迅速に滴下する必要があります。そのため、センサアレイチップの開発に先立ち、多種類のプローブ溶液の同時微量分注を可能とするピッチ可変型アレイスポッタを開発しました。詳細は次項に記載しますが、本装置は従来のピペットチップの代わりに溶融シリカキャピラリーを使用することで、微量液滴のスポッティングを可能にしました。

このアレイスポッタにより、384chアレイチップのマイクロ電極上に、女性ホルモン様物質(いわゆる環境ホルモン)の被曝により発現が促進される4種類のメッセンジャーRNAに対するプローブPNA4種類を固定して、センサアレイチップを作製しました。遺伝子のモデルとして同配列を有するDNAをターゲット核酸とし、各プローブPNA固定化センサに対して、ターゲット核酸とミスマッチ配列の核酸とを反応させました。前項で紹介した陰イオンマーカー[Fe(CN)6]4‒の酸化還元反応の抑制に基づく手法にて検出を行ったところ、どのプローブにおいても配列選択的にターゲット配列を識別しました。ここでは、マーカー酸化還元電流値の減少度合いを相対的なセンサ応答の大きさとして解釈し、センサ応答の大小を青~赤の擬似カラースケールにて表しています。同様に、肺がん罹患のバイオマーカーとされている4種類のマイクロRNAに対するプローブPNA4種類を固定して、センサアレイチップを作製しました。こちらの場合でも、配列選択的なマイクロRNA配列の識別に成功しました。図3Bに、例としてそれぞれ2種類ずつのセンサ応答を示しました。

図3 384ch電極アレイチップ(A)とセンサ応答(B)

上記研究のように、どのようなDNA・RNAが、どのような外部刺激に対して、どのように応答するのかが、予めデータベースなどの形で把握できていれば、今回示したチップデバイス技術は簡便迅速で非常に強力なスクリーニングツールとなります。化学物質の生体影響評価を行うには、このようなデータベースの整備も併せて進めていく必要があるでしょう。現在、筆者らのグループでは、データベース化からデバイス化までを含む化学物質の生体影響評価の総合的な研究プロジェクトを推進しています。

4.微量高精度スポッティング技術

現在、微量液滴のスポッティング技術には、ピン式、ピペットチップ式、インクジェット式など多数ありますが、センサアレイチップ開発で必要な性能である、マイクロプレート上に調製した複数の試料液体を高精度かつ迅速に微量分注するという性能は互いにトレードオフの関係にあります。例えばインクジェット技術では、1pLというごく微量の液滴の塗布が可能です。しかし、予め試料液体をリザーバ内に貯留しておく必要があるため、同一試料を繰り返し微量塗布するには適していますが、センサアレイチップのように少量多種のプローブ溶液を塗布するには適さないと考えられます。そこで筆者らは、複数の試料液体を同時に微量分注可能でかつ分注間隔を自由に調整可能な新機構を考案し、高集積アレイスポッティングを可能とする8連キャピラリー式のピッチ可変型アレイスポッタを開発しました。

開発した試作機の機構部を図4に示します11)。8本の溶融シリカキャピラリーの間隔を最大9mmから最小0.9mmの間で任意に拡大縮小可能です。各キャピラリーはシリンジポンプに連通されて送液システムを構成しており、送液システム内部には水が充填されて、シリンジプランジャーの往復によりキャピラリー先端から試料液体を吸引・吐出できます。本アレイスポッタは、目の前の微量試料を必要量だけ吸引して塗布する、異なる複数の種類の試料の塗布に向いていると言えます。また、キャピラリー外側表面は疎水コーティングが施されているため、液滴をキャピラリー先端に保持しやすいことから、電極表面への非接触でのスポッティングが可能です9)

図4 ピッチ可変型アレイスポッタの機構図(A)と金電極表面への非接触スポッティング(B)

詳細な検討の結果、本装置は最少分注量10nL、相対誤差は2.7%で同時に8種類の試料液体を最少1mm間隔に分注可能なことが分かりました。この装置は従来のピペットチップ式分注装置と比較して、迅速性で8倍、分注最少量で1/20、分注量精度で2倍の性能を有することを見出しました11)。ピペットチップ式は空気圧を利用する機構のため、微少量あるいは粘性の高い液体の場合には誤差が大きく現れます。本方式では、50%グリセリン水溶液のような比較的高い粘度の溶液でも上記性能の分注が可能であることから、生体関連物質一般のスポッティングに適していると考えられます。

INTRO

産業技術総合研究所の概要

産業技術総合研究所(産総研)は、日本の産業を支えるエネルギー・環境、生命工学、情報・人間工学、材料・化学、エレクトロニクス・製造、地質、計量標準という多様な分野の研究を行う我が国最大級の公的研究機関です。「豊かで環境にやさしい社会を実現するグリーン・テクノロジー」及び「健康で安全な生活を実現するライフ・テクノロジー」を中心とした産業技術の研究開発を通じて、持続可能な社会の実現に向け、社会の皆さまの期待にお応えします。

企業との連携については、技術コンサルティングから共同研究、事業化支援までの各段階のスキームを準備しています。共同研究では、共通のテーマを設定し一緒に研究開発を行います。(産総研イノベーション推進本部発行「そうだ!「産総研」があった!」より)

産総研における化学物質有害性評価

産総研では、産業起源の環境負荷の管理・低減に関する技術研究において、次世代環境診断技術の開発を推進しており、特に生体応答に基づく化学物質等の生体影響評価技術を環境診断技術の重要技術として位置づけ、研究開発を行ってきました。具体的には、電気化学的手法や分光学的手法等に基づく生体分子検出法の高性能化と実用化を目指し、マウスES細胞などの動物細胞に基づく化学物質の生体影響評価手法の開発を行っています。これまでに、特定化学物質に対するRNA発現解析およびそのデータベース化や化学物質評価に利用可能なRNAマーカー探索、得られたRNAマーカーに基づく化学物質評価手法のチップデバイス化などに取り組んできました。

■ナビゲーター
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
環境管理研究部門 研究部門長
田中 幹也

5.今後の展望

本研究のテーマである化学物質の生体影響評価以外にも、医薬品の生体影響評価・環境微生物の遺伝子機能の解明や産業利用など、環境分野におけるゲノム解析の重要性は今後ますます大きくなるものと予想されます。本研究で開発した技術を環境中の毒性物質の複合的な有害性評価・予測技術として発展させ、安心・安全な環境が保障された社会の実現に向けて貢献したいと考えています。

謝辞

本稿で紹介した筆者らの研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金による支援を受けて開発された成果です。また、本研究は東京大学大学院理学系研究科梅澤喜夫名誉教授および産業技術総合研究所田尾博明氏らとともに得られた成果であることを付記し、ここに謝意を表します。

参考文献

1.H. Aoki: Chemistry Asian J ., 10, 2560 (2015). 2.H. Aoki: Bunseki Kagaku , 61, 763 (2012). 3.P. E. Nielsen, M. Egholm (Eds.): "Peptide Nucleic Acids: Protocols and Applications" , (1999), (Horizon Scientific Press, Norfolk, U.K.). 4.H. Aoki, P. Bühlmann, Y. Umezawa: Electroanalysis , 12,1272 (2000). 5.Y. Umezawa, H. Aoki: US Patent 7169614 (2007.1.30),JP Patent 3956214 (2007.5.18), CA Patent 2441180 (2008.8.12). 6.H. Aoki, Y. Umezawa: Analyst , 128, 681 (2003). 7.H. Aoki, H. Tao: Analyst , 132, 784 (2007). 8.H. Aoki, A. Kitajima, H. Tao: Supramol. Chem ., 22, 455(2010). 9.H. Aoki, A. Kitajima, H. Tao: Anal. Sci ., 26, 367 (2010). 10.M. McCormick, E. F. Nuwaysir: "Handbook of Toxicogenomics" , Editied by J. Borlak, p. 83 (2005), (Wiley-VCH, New York). 11.H. Aoki, T. Ikeda, M. Torimura, H. Tao: Anal. Sci ., 24,817 (2008).

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