遺伝子組換えカイコによる新産業創出-蚕業革命を目指して-

カイコの優れた能力と可能性に着目し、つくば市の蚕糸・昆虫農業技術研究所(生物研を経て農研機構に統合)の田村らが遺伝子組換えカイコの作製を試み、長年の苦労の末に成功したのは2000年のことでした。それはエポックメイキングな発明でした。

以降、遺伝子組換えカイコを用いた新しいシルクの開発や、医薬品等の原薬となるタンパク質の生産技術の開発が急速に進んでいます。既に一部は実用化され、農家や大規模工場における遺伝子組換えカイコの大量飼育も始まろうとしており、衰退した日本の蚕糸業から新産業(新蚕業)への転換である「蚕業革命」が起きつつあります。

本稿では、蚕糸業やカイコに関する基礎知識と、筆者たちによる遺伝子組換えカイコを用いた新産業創出の試みを紹介します。

瀬筒 秀樹

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
生物機能利用研究部門 カイコ機能改変技術開発ユニット
ユニット長

瀬筒せづつ 秀樹ひでき

1.はじめに

カイコを飼って繭を作らせ(養蚕)、その繭から生糸を作って販売する「蚕糸業」は、かつて日本の経済発展と近代化を支えました。最盛期には、輸出の6割以上を占める外貨獲得産業で、養蚕農家は221万戸(1929年)、繭生産量は40万トン(1930年)ありました。ところが、ナイロン等の代替品の登場、国際価格競争の激化、従事者の高齢化等によって大幅に減少し、2015年には養蚕農家は368戸、繭生産量は135トンとなり1)、深刻な存亡の危機を迎えています。

茨城県には古くより、インドから小船に乗って渡来した金色姫が養蚕をこの地に伝えたという「金色姫伝説」があり、養蚕の神を祀る日本一社の蚕影神社(つくば市)や、蚕霊神社(神栖町)、蚕養神社(日立市)は、養蚕の神様の信仰の対象となってきました。鬼怒川は絹川や衣川、小貝川は蚕飼川とも表記され、養蚕にまつわる地名も各地に多く残されています。また、ご存知のように茨城県には結城市を中心に生産される「結城紬」があります。結城紬は、暖かい、軽い、着心地がよいと評判で、1956年に重要無形文化財、2010年にはユネスコ無形文化遺産にも登録されました。しかし茨城県でも、養蚕農家数は、2015年には13戸(繭生産量5トン)となっており1)、存続は大変厳しい状況です。

2014年に群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産に登録され、蚕糸業の伝統文化を残す試みは一部成功しています。世界遺産効果で、翌2015年には群馬県では32年ぶりに繭が増産する等、養蚕ブームも日本各地で起きています。また、皇室においては明治時代より、皇后陛下による養蚕(「御親蚕」と呼ばれます)が続けられ、日本の蚕糸業を守る象徴となっています。

しかしながら、蚕糸業は産業としては成り立たなくなっており、技術やノウハウが無くなろうとしています。我々は、日本の強みである蚕糸業の技術が残っているうちに、新しいバイオ技術と組み合わせることによって、蚕糸業を新産業に発展させることが可能と考え、長年にわたって研究開発を続けてきました。

2.カイコについて

カイコは、長い養蚕の歴史の中で、野生種のクワコが飼い馴らされたもので(図1)、幼虫はおとなしくて、木にも登れず、成虫は飛ぶことが出来ません2)。完全に家畜化されており、人間が世話をしないと生きられません。高密度での大量飼育が可能であり(図1)、何十万頭ものカイコの成長を揃えることができ、一斉に繭を作らせることもできます。育種という古来のバイオ技術の結晶と言えます。

図1 クワコ(左)、カイコ(中)、カイコの大量飼育(右)

カイコは、桑という低コストの餌を食べ(人工飼料も利用可能)、シルクという天然タンパク質繊維を1200~1500mも吐いて繭を作るのが、最大の特徴です。田村らが、2000年に世界で初めてカイコの遺伝子組換え技術を確立し3)、ゲノム(生物の全遺伝情報)も解読されており、日本には長年の蚕糸研究の蓄積があり、世界をリードしているのも強みです。デメリットとしては、カイコの認知度が低く、飼育法がわからない等の理由で新規参入の障壁が高いことや、ヒト医薬品原薬の生産実績がなく、製薬企業にとっては未知のリスクがあることがあげられます。また、蚕糸業が衰退したため、桑畑の減少、飼育用具等の販売停止、製糸業者不足、カイコの卵を生産販売する蚕種製造業者不足、技術指導者や研究者の不足等が進み、サプライチェーンが危ういことも問題です。

近年、新たなバイオ技術を用いた産業が様々な分野に広がりつつあり、今後成長する「バイオ経済」として脚光を浴びていますが4)、日本はバイオ経済で遅れています。一方、遺伝子組換えカイコに関する技術は、欧米には無い技術で、応用分野がとても広いので、日本が強みを持つ産業として遺伝子組換えカイコによる新産業を拡大していくべきと考えます。

3.遺伝子組換えカイコの利用分野

シルクは、フィルム、スポンジ、不織布、液体、粉末、ゲル等に成形可能です2)。これまで、シルクは主に衣料分野に利用されてきましたが、遺伝子組換えや成形の技術によって、医療分野、化粧品分野、工業分野等への利用可能性が広がっています。現在、以下のように様々な企業が、各分野で開発に動き出しており、日本各地で飼育工場等も立ち上がりつつあります。

i)新しいシルクの開発

シルクの付加価値を上げるため、新しいシルクの開発が進んでいます5)。蛍光タンパク質を組み込んだ蛍光シルク(図2)、世界一細い超極細シルク、オニグモの縦糸タンパク質の遺伝子を導入したクモ糸シルク、再生医療分野等に利用可能な細胞接着性シルク、ELISAキット等に利用可能な一本鎖抗体シルク等が開発され、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」に対応した大量飼育システムの構築及び製品試作が、群馬県や企業各社の協力の下で進められています。一般農家で遺伝子組換えカイコを飼育可能にする試みも進んでいます。

図2 蛍光シルクの繭(左)と生糸(右)

蛍光シルクは、光るタンパク質のかわりに他のタンパク質を作れることを示すもので、あくまで技術確立の目安だったのですが、その美しさのため、様々な製品が試作されました。これまでに、桂由美氏らによる蛍光シルクのウエディングドレス、蛍光シルクや超極細シルクを用いた浜縮緬の着物、スプツニ子!氏らによる蛍光シルクの西陣織ドレス(図3)、クモ糸シルクのベスト等が試作されました。近々、蛍光シルクの製品が販売開始される見込みです。

図3 蛍光シルクの西陣織ドレス
(GUCCI x スプツニ子!「エイミの光るシルク」展)

ii)昆虫工場としての利用

現在、最も注目されているのが、検査薬・化粧品・医薬品の原薬となる組換えタンパク質をカイコに作らせる「昆虫工場」(図4)としての利用です6)。繭の成分中に、組換えタンパク質を作らせることで、抽出・精製が容易で、低コストでの大量生産が可能です。医薬品成分等を含んだシルクを作ることもできます(図4)。従来の大腸菌生産系に比べると、複雑な構造のタンパク質が凝集せずに作れますし、哺乳類培養細胞生産系に比べると、大規模な培養タンクや高額な培地も不要で、生産スケールが容易に変更できるメリットがあります。遺伝子組換えカイコで生産した抗体医薬品は、哺乳類培養細胞で作った従来品に比べ、糖鎖構造の違いにより、高い抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性を持つことがわかりました7)

これまでに、ニットーボーメディカル(株)によるヒト及びイヌの血液検査薬や、(株)免疫生物究所によるヒトコラーゲンタンパク質を用いた化粧品、βアミロイド検出キット、ラミニン(iPS細胞培養基材)等が、すでに販売されています。ヒト医薬品としては、(株)免疫生物研究所は、アステラス製薬(株)とフィブリノゲンの開発を、(株)CUREDと抗HIV抗体医薬品の開発を進めており、GMP対応のパイロットプラントを稼働しつつあります。その他に、リソソーム病治療薬、牛乳房炎治療薬、各種検査薬等の開発が、産学官連携によって進んでいます。大関(株)は、遺伝子組換えカイコによるタンパク質受託発現サービスを開始しています。

図4 カイコを用いた医薬品等の開発の方法

iii)代替モデル動物・ヒト病態モデルとしての利用

動物愛護の観点から、毒性試験等のための代替モデル動物や、医薬品探索等のためのヒト病態モデルとして、カイコを利用する試みが進められています8)(図4)。カイコは、従来のモデル動物のマウス等と比較すると、1/100程度のコストで飼育が可能であり、薬物の体内動態が似ており、重要なシグナル伝達系も保存されています。これまでに、がんモデルカイコ、糖尿病モデルカイコ、ヒトGPCR遺伝子を導入したカイコ等を用いて、新規医薬品探索が可能であることが示されています。

iv)バイオセンサとしての利用、その他

カイコ成虫のオスは、メスの性フェロモンをイヌの嗅覚並の感度で検知し、性フェロモンを検知すると羽ばたき行動をします。特定の匂いの受容体を触角で発現させると、その匂いに反応して羽ばたくので、バイオセンサとして利用可能です8)。以前、筑波大学におられた神崎・櫻井氏(現東京大学)らが開発を進めています。

その他の利用法として、機能性食品・飼料、宇宙養蚕、教材・福祉への利用等、まだ様々な利用法が考えられます。

INTRO

農研機構の概要

現在農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の通称)の中には本部と5つの地域農業研究センター・7つの研究部門・3つの重点化研究センター等があり、全国各地で研究開発や普及をおこなっています。

農研機構は、第4期中期目標期間(2016~2020年度)において、「農林水産研究基本計画」1の新たな研究計画に基づき、『1.生産現場の強化・経営力の強化』、『2.強い農業の実現と新産業の創出』、『3.農産物・食品の高付加価値化と安全・信頼の確保』、『4.環境問題の解決・地域資源の活用』という4つを重点化の柱として、業務を推進することにより、食料・農業・農村が直面するさまざまな問題の解決と国民が期待する社会の実現に貢献していきます。

農研機構生物機能利用研究部門 大わし事業場(つくば市)の歴史と概要

生物機能利用研究部門の大わし事業場は、日本の蚕糸業に貢献する専門機関として東京都杉並区高円寺にあった蚕糸試験場(1937年)が、1980年に現在のつくば市に移転したもので、1988年に蚕糸・昆虫農業技術研究所となり、2001年に独立行政法人農業生物資源研究所(生物研)に統合され(2015年に国立研究開発法人農業生物資源研究所へ改称)、さらに2016年に農研機構に統合されました。

生物機能利用研究部門は、生物資源の農業及び関連産業上の開発及び利用に関する技術上の基礎的な調査及び研究並びにこれに関連する分析、鑑定及び講習に関する業務を行っています。新産業開拓研究領域は、遺伝子組換え技術を用いた新産業の創出につながる研究開発を行なっており、カイコ機能改変技術開発ユニットでは、遺伝子組換えカイコによる有用物質生産や、カイコの新利用法に関する基盤技術を開発し、それらを実用化して新産業を開拓し、「蚕業革命」をおこすことをめざしています。

■ナビゲーター
つくばサイエンス・アカデミー
コーディネータ
伊ヶ崎 文和

4.今後の展望

今回紹介したように、国産技術の遺伝子組換えカイコによる新産業の芽が出つつあります。産業拡大のためには、まず実用化・事業化の成功事例を増やし、産業基盤やサプライチェーンを強化してくことが重要です。新しいシルクの開発では、ICT等を取り入れたスマート養蚕化、ブランド戦略、輸出戦略が特に重要と思われます。医薬品等の開発では、市場が大きいヒト・動物用医薬品の実用化の成功が大きな鍵となります。国産技術での医薬品生産によって、抗がん剤等の低価格化を実現することで、医療費削減への貢献が可能です。そのためには、産学官連携や府省連携による、産業基盤整備、知財戦略、国際標準化、速やかな規制対応が必要です。

政府の取り組みとして、AMED創薬基盤推進研究事業や、農水省・経産省等による「農業と生物機能の高度活用による新価値創造に関する研究会」で、カイコ由来バイオ医薬品の品質管理戦略等を検討中であり、近々取りまとめが行われます。また、遺伝子組換えカイコを利用した新たな機能性シルク素材や医薬品等の産業化を研究開発面から支援するために、農林水産省では「蚕業革命による新産業創出プロジェクト」(2017~2021年度)が開始される予定です。

茨城県には、遺伝子組換えカイコの研究を内外でリードしている農研機構がつくば市にあり、さらに、非組換えのカイコの蚕品種育成、蚕種製造、養蚕指導等で国内の中心となっている(財)大日本蚕糸会蚕業技術研究所が、稲敷郡阿見町にあります。最近では、つくば市に中央研究所がある新菱冷熱工業(株)が、温湿度を均一制御可能な「遺伝子組換えカイコ大量飼育システム」の開発に成功しました(2017年4月6日、日刊建設通信新聞)。かすみがうら市では、アーク・リソース(株)が遺伝子組換えカイコを飼育して有用タンパク質を生産する施設を新規に立ち上げつつあります。茨城県工業技術センター繊維工業指導所は長年結城紬の関連研究を続けていますが、上述のクモ糸シルクを用いた着心地の良い結城紬の開発等も進めています。茨城県は、カイコによる新産業創出のためのリソースが充実していますので、活かさない手はありません。カイコ・シルクの可能性は幅広く大きいので、産学官連携・異分野連携による新事業が色々考えられます。関心を持たれた方は、ぜひ気軽にご連絡いただければ幸いです。

謝辞

本研究は、多くの関係者・共同研究者の多大なご協力をいただきながら進めています。あらためて関係各位に御礼申し上げます。

参考文献

1.シルクレポートNo.53,(財)大日本蚕糸会(2017). 2.カイコってすごい虫!第3版,農業生物資源研究所(2015). 3.T.Tamura et al.,Nature Biotechnology,18:81(2000). 4.瀬筒秀樹、農業と経済,3,35(2017). 5.瀬筒秀樹、表面科学,38:135(2017). 6.立松謙一郎、町田幸子,バイオサイエンスとインダストリー,74:501(2016). 7.M.Tada et al.,mAbs,7:1138(2015). 8.瀬筒秀樹、日本絹の里紀要,18:54(2015).

ご照会先

hsezutsu@affrc.go.jp

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