湿気の「質」を見分けるモイスチャーセンサ

湿気(モイスチャー)は保湿や結露など身の回りの様々な現象と密接な関係がありますが、その中に含まれる目に見えないほど小さい水粒子の粒径(サイズ)が大きな影響を及ぼすことがあります。水粒子のサイズが分かると、湿気の状態が適切であるかどうかを判断して制御したり、目に見える結露に至る手前の時点を検知して対策したりできるようになります。湿度計などの従来の方法では、湿度といった湿気の「量」を計測することしかできませんでした。そこで、筆者たちは、水粒子の大きさ、いわゆる湿気の「質」の違いが分かるという特徴を有するモイスチャーセンサを開発しました。このセンサおよび計測システムは世の中に普及している技術により作製することが可能です。今後、多くの分野において利用されることを目指しています。

川喜多 仁

国立研究開発法人 物質・材料研究機構
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 半導体デバイス材料グループ
主席研究員

川喜多かわきた じん

1.はじめに

大気中の湿気(モイスチャー)は身の回りの様々な現象と密接な関係があります。例えば、梅雨時には髪の毛が広がったり、冬になると肌や喉が乾燥したりします。また、カビやダニ、インフルエンザの発生も湿気と関連がありますし、金属のサビ(腐食)や電気製品のショート、ガラスの曇りは湿気に由来する結露によって引き起こされます。

このような湿気が関わる現象の中で、微小な水滴(水粒子)の大きさ(粒径)が影響を及ぼす場合があります。例えば、室内などの空間の湿度を上げる(加湿する)際に要する時間(加湿速度)は水粒子のサイズ(粒径)によって異なることが分かっています。水粒子は粒径がおおよそ100nm(ナノメートル=10-7m、髪の毛の太さの1000分の1)以上で存在できるようになります。なお、それ以下の粒径では、水粒子(液体)ではなく、水蒸気(気体)として存在することになります。水粒子の粒径が影響を及ぼすその他の例としては、10μm(マイクロメートル=10-5m、髪の毛の太さの10分の1)に至るまでに肌や粘膜に吸収されやすい粒径があるとされています。他方、水粒子の粒径が10μmを越えると、カビの胞子よりも大きくなってくるため、カビが成長しやすくなると考えられます。また、水粒子の粒径が10μm前後になると、目に見えるようになってくることから、窓ガラスや鏡の表面に出現すると、「曇る(結露する)」ことになります。さらに、鉄などの金属の腐食はその程度(速度)が水粒子の粒径により異なってきます。上記のように、水粒子の粒径による影響が明らかになっている場合、粒径を判別することができれば、水粒子を含む湿気の状態が適切であるかどうかを判断することができ、さらにはその制御することも可能になります。また、特定の粒径を有する水粒子の存在を検知することができれば、目に見える結露に至る手前の時点、すなわち結露の事前検知を行うことができ、調湿といった対策を行うことも可能になります。

しかしながら、既存の手法では、湿気中の水粒子の粒径を検知することは容易ではありません。例えば、湿度計は感湿部分が湿気を吸収した際に変化する電気や伸びの量を計測する原理であるため、吸収される前の水分の大きさを判別することはできません。また、湿度が80%以上になると、計測値の誤差が大きくなるため、相対湿度100%において生じることになる結露を正確に捉えることが難しくなります。また、結露を検知するセンサも市販されていますが、目に見えないほど小さい水粒子の出現による結露を検出することはできていません。さらに、いずれの手法においても、水分を吸収する過程を経る場合には、計測に10秒前後を要するだけでなく、一度結露してしまうと乾燥して元に戻るのに時間がかかります。他方、粒度分布計や顕微鏡を用いることで、水粒子の粒径を計測することは可能になりますが、レーザー等の光を用いる方式が多いため、固定して使う必要があり、簡単に持ち運んで使うことは難しいと言えます。

そこで、我々は微小な水粒子の検出とその大きさの判別を簡便・高速で行うことのできるセンサ(モイスチャーセンサ)の開発に取り組んできました。

2.モイスチャーセンサとは

モイスチャーセンサは、異なる種類の金属でできた2本の櫛を向かい合わせにして、片方の「櫛の歯」の間にもう片方の「櫛の歯」が差し込まれたような構造になっています(図1)。隣り合う「櫛の歯」を覆う、あるいは跨ぐように水滴や水粒子が接触すると、「櫛の歯」が電極となり、電極間に流れる電気(電流)を計測する原理になっています(図2)。この原理は、異なる種類の金属がイオンを含む水に接触すると金属間に自発的に電気が流れるというガルバニ作用に基づいています。この作用は200年以上も前から知られています。輪切りにしたレモンに金属の釘や板を挿すと電気が流れる様子を理科実験などで見かけられたことがあるかもしれませんが、ガルバニ作用に基づいています。

図1 モイスチャーセンサの構造
図2 モイスチャーセンサの動作原理

モイスチャーセンサでは、半導体加工技術を用いることで、細い金属を僅かな隙間を開けて並べています(図1)。例えば、センサチップ1mm四方の中に、1組2本の「櫛の歯」を300組以上並べるようなことも可能です。これにより、1個の水粒子から生じる電流の量は小さくても、多くの水粒子からの電流を集めることができることになります。なお、半導体加工技術はこのような微細な配線を一度に大量に作ることが可能であり、スマートフォンやパソコンの中にある電気回路を作る技術としてすでに世の中に普及しています。さらに、我々はセンサチップから得られる電流をデジタル信号に変換する手のひらサイズの計測デバイス、および計測デバイスから無線を介してスマートフォンやパソコンなどの端末に表示・保存できる評価・計測システムを合わせて開発しています(図3)。これらのシステムも世の中にある電子部品・回路技術・アプリケーションソフトウェアにより実現しています。

図3 モイスチャーセンサを使った計測システムの例
図4 0.5μmのギャップを有するモイスチャーセンサを水粒子が含まれる湿気に曝した際のセンサからの電流応答の時間変化とセンサ表面の顕微鏡写真

これまでに得られている研究成果の例を以下に示します。まず、微小な水粒子の検出が可能です。「櫛の歯」(電極)同士の間隔(ギャップ)を狭くすることで、より小さな水粒子を検出することが可能になります。現時点では、ギャップは最小0.5μm(=500nm)となっています。例えば、水粒子を含む湿気に0.5μmのギャップを有するセンサを曝した場合、電流応答が見られます(図4)。このとき、センサの表面にはギャップを跨ぐ(ブリッジする)0.5μm以上の粒径を有する水粒子が存在していることも確認されています(図4)。現代の半導体加工技術のレベルからすると、さらにこのギャップを狭めることは十分に可能であり、0.1μm(=100nm)にすると、液相として存在しうる水(水粒子)をすべて捉えることができると言えます。

図5 10μmのギャップを有するモイスチャーセンサを水粒子が含まれる湿気に曝した際のセンサからの電流応答の時間変化とセンサ表面の顕微鏡写真

また、「櫛の歯」同士の間隔を変えることで、水粒子の粒径の判別を行うことが可能になります。例えば、上記と同じ粒径分布を有する水粒子を含む湿気に10μmのギャップを有するセンサを曝した場合、電流応答が観測されていません。また、このときセンサの表面にはギャップを跨ぐ(ブリッジする)10μm以上の水粒子は観測されていません(図5)。これらの事実から水粒子の粒径が0.5~10μmの範囲にあることが分かります。このように、ギャップに応じたセンサからの信号を比較・解析することにより、粒径の範囲やその数が分かることになります。なお、ギャップは任意の大きさに設定することが可能です。

モイスチャーセンサのもう一つの特徴として、応答時間が短い、言い換えると高速応答であることが挙げられます。現時点では最小20ミリ秒(=50分の1秒)となっています。センサの動作原理からすると、10マイクロ秒(=10万分の1秒)までは短くできるため、センサチップからの信号を処理して無線で送信するための電気回路を改良することなどにより、さらに応答時間を短くすることが可能です。

さらに、モイスチャーセンサはその消費電力が本質的にゼロであるという特徴も有しています。ほとんどのセンサは出力信号を得るためには、入力信号(電気)が必要とします。一方、モイスチャーセンサは、水粒子が存在した時点で生じるガルバニ作用という一種の自己発電により電気信号が得られることから、入力信号のための電気は不要となります。

3.モイスチャーセンサの用途

モイスチャーセンサを用いることで、既存の湿度計や結露検出器では分からなかった水粒子の大きさ、いわゆる湿気の「質」の違いが分かるようになります。これにより、環境中に存在する水粒子の大きさが重要となりうる分野、例えば、美容・衛生・医療・食料・繊維・紙・プラスチックといった分野において利用が期待されます。また、結露やそれに伴う現象が大きな影響を及ぼす分野、例えばインフラ・モビリティ・ハウス/オフィス・アグリ・ロジスティクスといった分野での利用も期待されます。

INTRO

国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)は、文部科学省が2007年に創設した「世界トップレベル研究拠点形成促進事業(WPIプログラム)」に基づいてNIMS内に設置された組織であり、設立以来10年を経過して多くの人の努力、ご支援により、名実ともにナノテクノロジー・材料分野における代表的な国際的研究拠点としての地位を確立できたと自負しています。人類社会の持続的発展、諸問題の解決には科学技術の発達、技術革新が重大な役割を演じることは言を俟たず、そしてその根幹は常に新しい物質や材料の発見、創出によって支えられています。このような新材料開発はこれまで様々な指導原理のもとで進められてきましたが、近年は物質、材料をナノレベルでの設計、制御するナノテクノロジーが重要な指針となっています。その中でMANAではナノスケールのパーツを能動的に集積、接合して新材料を構築する「ナノアーキテクトニクス」という考え方を旗頭に、新物質・新材料・新機能の創出に努め、多くの成功が示されたことにより、その有効性が広く認識されつつあると考えています。

10年間にわたって推進されたWPIプログラムが終了した現在、MANAはさらに成長、発展し、ナノテクノロジー分野での国際的ハブ研究拠点として、世界を先導する研究活動を続けていくことが強く求められています。我々はそれを強く自覚して、引き続き「ナノアーキテクトニクス」を深化、追究していきます。その中で「ナノアーキテクトニクス」の真髄が発揮されるキーと考えられる異種物質のヘテロ接合、理論と実験の密接な連携、大規模、複雑系への挑戦など新しい地平に向けた努力を重ねていきたいと考えています。そのアウトカムの一つとしてセンサは重要であると言えます。今後のさらなる発展に向けて、関係各位の温かいご支援をお願い申し上げます。

■ナビゲーター
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
MANA拠点長
佐々木ささき 高義たかよし

4.今後の展望

モイスチャーセンサは微小な水粒子を検出・判別する技術ですが、その水粒子が湿気(モイスチャー)に由来する場合、得られるセンサの応答からモイスチャーの状態を解析することも可能です。水粒子の大きさ、いわゆる湿気の「質」の違いが分かるという本センサの特徴を生かし、すでに顕在化しているニーズに加え、隠れた(アンメット)ニーズの開拓を行っていきたいと考えています。また、そのようなニーズに応じた最適な計測システムの開発に取り組む体制が整いつつあります。共同研究や受託研究、ライセンス実施による本センサ技術の提供、あるいは協力企業を通じたセンサの販売・コンサル・サービス等を通じて、本技術の成果普及に取り組んでいきたいと思っております。ご関心の向きは、どうぞお気軽にご連絡いただければ幸いです。

4.謝辞

本記事で紹介したセンサ技術を用いた事業化モデルに対して、第1回めぶきビジネスアワードの奨励賞をいただきました。この誌面をお借りして、関係してくだった皆様に厚く御礼申し上げます。

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